ゆる文

ゆる~くアニメだとか、映画の感想文

映画 戦争/ドラマ 『みかんの丘』「話せばわかり合えるとは言わないけれど――」

f:id:WhiteVanilla:20220322204143p:plain

引用元:Amazon

 バニラはきっとこういう作品が好きなのでしょうね(*'ω'*) セリフではなく、登場人物たちは演技で語ってくれます。「目は口程に物を言う」といいますが、下手に変なセリフや解説を入れると蛇足になることもありますし、視聴者の想像の余地を奪ってしまうので、”余白の美”というものを作中に取り入れているのは技術高いと思います。近年はとにかく「面白くなくなってもいいから、わかりやすくしろ」と製作者側は言われるらしく、わかりやすくするのに苦労しているらしいですね。

 

 わかりやすい=陳腐という訳ではありませんありませんが、解釈の余地があることで生み出せる芸術性のようなものは間違いなくあると思います。これからも一定数はこういう解釈の余地を残してくれている作品も制作して欲しいものです(≧▽≦) 例えば、小説ならともなく、漫画などではセリフが多いと読みずらいときありますよね。特にアクションシーンとか。漫画などは下手にセリフを使わず、絵だけで見せる方がいいのと同じです。

 

 苦しいながらも人間らしさを失わない、絶望の中に希望があるパンドラの壺のようなドラマとでもいうのでしょうか。アカデミー賞外国語映画賞受賞しているだけあって、やはり観てよかった( *´艸`) 舞台はジョージアの最西端にあるアブハジアという地域にあるミカン畑らしいです。アブハジアジョージアからの独立を求めたため、1992~1993年に戦争があったらしく、つまり、アブハジア側とジョージア側の軍が戦闘をしているのですね。

 

 そんな戦火の激しいアブハジアイヴォというみかんの木箱作りを生業とするお爺さんと、マルゴスというおじさんだけが逃げずに残っているいるのです。マルゴスはみかんの丘が心配だから残っているのですが、イヴォが残っている理由は最後まで明確には明かされません。そんなある日、イヴォとマルゴスが守るみかんの丘で、二人の兵士を助けることになります。一人はアブハジア側の兵士ハメド、もう一人はジョージア側の兵士ニカでした。

 

 意識を取り戻したアハメドは敵兵であるニカを殺そうとしますが、イヴォの面目を立てて、イヴォの家では殺さない誓いを立てます。そこから、敵同士のアハメドとニカの奇妙な共同生活がしばらく続き、敵同士で殺し合っていたはずの二人は、少しずつ心を通わせていくという物語でした。いや~、みんながみんな話せばわかり合えるとか性善説を信じているわけではありませんが、中にはわかり合える人がいることも確かなのですよね(´-ω-`)

 

 兵士たちだって少年漫画の主人公のような戦闘狂ではないでしょうから、好きで殺し合っているわけではないでしょうし……。自分が信じる正義のために、家族や祖国を護るために戦っているのです……。正義の対義語は正義であり、どこにも正義なんてないのですけどね……。「正義のため!」とか「○○のために!」とか声高に叫ぶ人の言葉はどうも胡散臭く感じてしまうのはバニラだけではないと思います(~_~;)

 

寄生獣』という漫画にミギーというキャラがいるのですが、そのミギーが言った言葉に「私は恥ずかしげもなく「地球のために」という人間が嫌いだ……何故なら、地球は初めから泣きも笑いもしないからだ」というセリフがあるのです。このセリフを読んで気づかされました。「○○のために!」など何かのためにと声高に叫ぶ人は結局自分のために言っているということに――。「地球のために」というのは、「地球がおかしくなったら自分たちが困るから」、「人に優しくするのは、自分も優しくしてもらわなければならないから」、「人を殺してはいけないのは、廻りまわって自分が殺されないため」にと、すべては利己行動で説明できます( ̄▽ ̄)

 

 生物はみんな例外なく利己的な遺伝子の働きで、利己的に行動する機械のようなものですから、利他行動なんてそもそも存在しないというのがバニラの結論です。だから、その事実を否定するのではなく、肯定するしかないと思うのです。誰かのために、何かのためになるならWIN-WINな関係で良いのだと肯定するのです。戦争となったらそんな綺麗ごとなど通用しないでしょうが……。人間が誕生てから、現代にいたるまでの人間の歴史は争いの歴史なのですからね。

 

 殺して殺されてが当たり前で、そんな時代で現代のように「戦争はいけない」「話し合えばわかり合える」などの綺麗ごとは通用しなかったでしょう。不条理に思えますが、本来この世界は弱肉強食でそちらの方が現実なのでしょう(´-ω-`) 今こうやって平和を享受できているのは、本当に本当に当たり前のことではないのですから。なのに、争いは絶えないのだから、虚しくなりますね。

 

 脳科学者の池谷裕二さんの本に「戦争は非人間的なものではなく、人間的なもの」だというようなことが書かれていたのが印象に残っていますが、正にだと思いました(´-ω-`) でも、いつの時代も、そのような社会にあっても、この映画のイヴォやマルゴス、アハメド、ニカのような人たちがいるのです( ;∀;) それが絶望の中にある希望だと思います。人間捨てたもんじゃない(ノД`)・゜・。(そのセリフ以前も聞いたで(´・ω・`))。