ゆる文

ゆる~くアニメだとか、映画の感想文

アニメーション映画 日常/コメディー『漁港の肉子ちゃん』「みんな望まれて」

引用元:映画『漁港の肉子ちゃん』公式サイト

 

 西加奈子(にし かなこ)さん原作小説『漁港の肉子ちゃん』を明石家さんまさんが企画・プロデュースしたアニメーション映画。まさか、さんまさんがアニメーション映画をプロデュースするなんて驚きましたよね( ̄▽ ̄)

 さんまさんが西加奈子さんの『漁港に肉子ちゃん』にほれ込み、5年ほどの歳月をかけて制作されたそうで、思い入れが深い作品なわけです。だからなのか、声優陣のキャスティングをさんまさんと近しい関係にある人たちで固めてしまったため、プチ炎上してしまったそうですね(^▽^;)

引用元:CROSOIR

 普通はキャラクターのイメージに合う人が審査して選ばれますが、さんまさんの希望で選ばれた声優さんたちが多いので、違和感が最後まで拭えないキャラクターもいます……(^▽^;)

 

 まあ、ジブリとかでも違和感のある声優キャスティングがありますし、それが味だと思えるのでそこは全然問題にはしていません。声優の問題はどうあれ、作画も良いし、食事描写も美味しそうだし

引用元:映画『漁港の肉子ちゃん』

音楽も素敵で、物語は大きな事件の起こらない、日常が淡々と描かれるだけですが、飽きさせることなく観ているとセンチメンタルな気持ちにさせられる良作だと思います(*´▽`*)

 

 娘の見須子喜久子(みすじ きくこ)通称「キクりん」の目から見た、主人公の見須子菊子(みすじ きくこ)通称「肉子ちゃん」が描かれます。肉子ちゃんは幼い頃から苦労ばかりしており、大人になってからも様々な人(男)たちから騙され借金(その他)を押し付けられ、キクりんがいう通り「ボロボロである」ですが、底抜けに明るい肉子ちゃんは騙されたことを気にせず、男との恋が終わると各地を転々とし、本作の舞台である北陸の小さな漁港にたどり着くところから物語は始まります。

 

 Wikipediaなどで西加奈子さんの経歴を調べてもらえばわかりますが、西加奈子さんも父が海外赴任先のイランで生まれ、小学校一年生から四年生までをエジプト・カイロで過ごし、帰国後は大阪で育ったという遍歴の多い過去があるそうです。

 

 少なからず、キクりんの心理描写は西加奈子さん本人の経験をもとにしているのかな? と、いらぬ勘ぐりを巡らせてしまいますよね( ̄▽ ̄) キクりんは母の恋が終わったら、漁港町から離れて、また各地を転々することになるのではないかと芥川龍之介がいうところの「ぼんやりした不安」を常に感じています。

 

 そんな生活をしていて、キクりんはグレることもなく純粋に育っているんですね(;´∀`) もし、キクりんがグレていたらまた違った物語になっていたでしょう。本作の一つの見せ場にキクりんが友人のマリアちゃんと喧嘩してしまう一幕があります。

 

 マリアちゃんはクラスの覇権争いにキクりんが協力してくれなかったことを根に持って、陰口をいったりしていたんですよ。でも、最終的に覇権争いに敗れて、マリアちゃん一人だけ仲間外れにされてしまうようになりました。

 

 キクりんはどっちつかずの態度で、マリアちゃんの様子をうかがっていました。そしたら、同じクラスのチック症? の男の子二宮くん

引用元:映画『漁港の肉子ちゃん』

と一緒に、「ことぶきセンター」に行ったとき、キクりんはマリアちゃんに対して「ざまあみろ」と思っていたことを二宮くんに打ち明けるのです。

 

 自分に陰口を叩いた人物に「ざまあみろ」と思うのは当然の反応だと思いますが、キクりんはそう思ってしまう自分は嫌な人間だと、自分を責めるんですよ……。そんなところを見ても、キクりんがいかに純粋ないい子かおわかりいただけるでしょう。

 

 二宮くんに話して決意を決めたキクりんは喧嘩していたマリアちゃんと仲直りします。その他に日常の何気ない場面や、最終的に明かされるキクりんの出生の秘密など、親子の問題が描かれています。

 

 西加奈子さんは2022年本屋大賞受賞作の『夜が明ける』を始め、社会派小説を書かれる人ですが、本作もご多分に漏れず貧困、親子問題などの問題提起が重くなり過ぎずに描かれていました。

 

 本作のキャッチコピーに「みんな望まれてうまれてきたんやで」という文句を使ってしまったために、公開当時作品の出来不出来ではなく、そのキャッチコピーが炎上したらしいんですよ(-_-;)

 

 確かに、オルナ・ドーナトさんの『母親になって後悔している』という本が世界中で話題になるように、「みんな望まれて生まれてきたんやで」というのは悲しいことですが、みんなに当てはまるわけではありません(´-ω-`)

 

 中には、親に捨てられたり、望まぬ妊娠、虐待や毒親に苦しみ、今苦しんでいる人からすれば「みんな望まれてうまれて来たんやで」というキャッチコピーが毒になると思います。

 

 ですが、本作を観てみると、キャッチコピーのように無責任にすべてを肯定する綺麗事には描かれていなくて、そう思いたい、そうあって欲しいという願いのような側面が強いんですよ。

 

 つまり、生まれてしまったなら仕方がないというふうに、肯定も否定もせず、根本的な問題は解決されませんが、それでも生きているという実存することへの肯定です。

 

 その結論に納得できない人も当然いると思いますが、もしかすると、二宮くんに懺悔して心が軽くなったキクりんのように、本作を観て心が少し軽くなった人もいるかもしれません('◇')ゞ

www.youtube.com

映画 戦争/歴史/ドラマ『シンドラーのリスト』「これは善のリストです。このリストは命だ」

引用元:Amazon

 ナチスホロコーストから1100人以上ものユダヤ人を救い出した、実在の人物オスカー・シンドラーの伝記をスティーヴン・スピルバーグ監督が映画化した『シンドラーのリスト』 

引用元:映画『シンドラーのリスト

 第66回アカデミー賞で12部門にノミネートされたそうです。スピルバーグ監督は優れた娯楽映画を作る監督としては評価されていましたが、重いテーマを扱った作品で成功したのは本作が初だったようですね。

 

 この映画の成功で、スタンリー・キューブリック監督は自身が企画していたホロコーストを扱った映画の制作を諦めたという話がWikipediaに書かれていました。確かに歴史・戦争映画で(比べるものではないと思いますが)素人が観てもこの映画を越えられる作品は、そう多くないと思わされる完成度でした( ̄▽ ̄)

 

 この映画を語る前に、ユダヤ人について予備知識を持っていただきたいと思います。バニラも詳しく知っているわけではありませんが、ユダヤ人はヘブライ人とも呼ばれ、アジアから欧州にかけて放浪していた国を持たない民族でした。

 

 ユダヤ人を知る上で避けて通れないのが聖典である『旧約聖書』の物語でしょう。旧約聖書天地創造から始まり、アダムとイブの楽園追放→カインとアベルの人類初の殺人→大洪水とノアの箱舟バベルの塔と神話時代の話があってから、ユダヤ教の開祖であり信仰の父と評されるアブラハムイサクヤコブヨセフなどの族長の活躍が続きます。

 

 その後、エジプトに囚われていたヘブライ人をモーゼ(モーセ)が海を割って連れ出し、長い長い放浪生活の後、約束の地カナンに到着してイスラム王国を建国。羊飼いから身を起こしたダビデの治世によりエルサレムは栄ますが、ネブカドネザル王に征服され、バビロン捕囚の憂き目に遭い、バビロンに連行されておよそ50年ほどの捕囚生活を強いられます。

 

 その後、キュロス2世によって解放されパレスチナの地に戻ることを許されましたが、ローマ帝国の迫害に逢ったりしながら、ヘブライ人はユダヤ人と名前を変えて各地で栄えました。

 

 関係があるのかないのか定かではありませんが定住地を持たないため、ユダヤ人は生き残るため数字に強くならざるを得ず、商業や金融業で生計を立てている人も多かったとか。ユダヤ人が資金力を持つようになると、ナチスユダヤ人を迫害する以前から嫌われていた存在ではあったんですね(´-ω-`) 

 

 シェイクスピアの戯曲『ベニスの商人』に登場するシャイロックを擁護する声が今ではありますが、当時はシャイロックこそ欲汚いユダヤ人を皮肉った人物として非難されていたのです。ヒトラーユダヤ人を心の底から憎んでいたのではなく、ユダヤ人嫌いの国民感情をただ利用して人気を得たのかもしれませんね(^▽^;)

 

 もしそうなら、ホロコーストヒトラー一人のせいではなく、ユダヤ人嫌悪の感情を持っていた国民みんなに言えることです。と、前置きが長くなってしまいましたが、オスカー・シンドラーはドイツ人の実業家で、賃金が安いという理由でユダヤ人を雇い、朝鮮特需のように第二次世界大戦の戦争景気で莫大な富を築いた人物です。

 

 そんな折、ドイツの敗戦が色濃くなり、ナチスユダヤ人をアウシュビッツに送る計画を知ったシンドラーは、全財産を投じて救い出すユダヤ人のリストを右腕の会計士イザック・シュターンに作らせるんですね。

 

 シンドラーも最初から聖人君主として描かれてはいなくて、戦争に便乗して利益を得ようとする、どちらかというと利己的で利益至上主義の人物だったのですが、ホロコーストの現状を見るにつけ、シンドラーの良心を最も突き動かしたのは赤い服を着た女の子が、死体の山に捨てられる場面を目撃したことだったのでしょう(´-ω-`)

引用元:映画『シンドラーのリスト

 

 いつしか全財産を投げ売ってでもユダヤ人たちを助けようと決意するまでの過程が丁寧に描かれているんですよ(T_T) ナチスによるユダヤ人の虐殺が淡々と生々しく描かれていて、視聴中は終始眉間に皺を寄せっぱなしでした(-"-)

 

 史実だというのが信じられないんですよ本当に……。ユダヤの人々が次々に殺されて、ナチスの人々は殺しを楽しんでいるふうですらあります……。中でもSS将校のアーモン・ゲートという人物の残虐性を際立たせています。

 

 ゲートは館のバルコニーの上からただ道を歩いているだけのユダヤ人を撃ち殺したり、気に食わないという理由でためらいなくユダヤ人の頭を撃ち抜く人なんです(>_<)

引用元:映画『シンドラーのリスト

 だけど「ゲートだけが特別に残虐非道な人物と決めつけられない」というようなことを作中でシンドラーが語っています。人間には生来の残虐性が備わっていると、今までも語ってきましたが、誰でもアーモン・ゲートのような人物に成りえるんですよ(´-ω-`)

 

 以前に『ハンナ・アーレント』の映画を紹介しましたが、ハンナ・アーレントは「第二次世界大戦中に起きたユダヤ人迫害のような悪は、根源的・悪魔的ものではなく、思考や判断を停止し外的規範に盲従した人々によって行われた陳腐な悪を『凡庸な悪』と名付けました。

 

 日本人は特に集団主義を重んじる傾向が強いので、他人ごとではないんですよね。例えばユダヤ人大量虐殺のような大事件で考えなくても、もっと身近なことで考えてください。

 

 例えば、いじめ。いじめられている人を助けたら、自分もいじめられるから傍観者に徹する、あるいはいじめの加害者に加担するというのはよくあることです。ですが、その場合、いじめはいけないことだとわかっていても被害者を助けられるでしょうか? 

 

 恐らく多くの人は助けられないでしょう。それと同じで、間違っていることだとわかっていても、最大多数に反して自分が正しいと思う意思を貫ける強い人がどれほどいるでしょう。

 

 凡庸な悪はみんなの中に存在するのです。もしバニラが第二次世界大戦時のドイツの青年に生まれていたら、恐らくユダヤ人を殺していたと思うので、自分で自分が怖くなります(T_T) 

 

 そんな時代にシンドラーは生きていて、全財産を投じてでも自分が正しいと思う正義を貫いたシンドラーは本当に偉大だと思うのです。人一人の命を救うことがどれほど難しいか。

 

 シンドラーは戦争が終わり、ナチスに加担した戦犯者として追われる立場になり、自身が助けたユダヤの人たちに別れを告げ、ユダヤの人々からお礼の指輪をもらって、「もっと救い出せた」「その努力をしていれば」「もう少し――」と会計士イザック・シュターンに詫びるシーンが印象的なんです(;´∀`)

 

 シュターンは「オスカー、あなたはここの1100人を救ったんです」と慰めますが、オスカーは過去に自身が行って来た無駄遣いを泣いて後悔するのです。金があればもっと多くの人が救えたのに、何で昔の自分は無駄遣いをしていたのだろうと……。

引用元:映画『シンドラーのリスト

「車を売ってお金を作っていれば10人は救えたのに、バッジで2人は救えた、努力すればもっと救えたのに」と泣いて詫びるシーンは泣きました。ここ数年で一番泣きましたよ(T_T) 1100人以上もの人々を救っても、シンドラーの後悔がどれほどのものだったのか想像に難くないです……。

 

 現在でも戦争は世界中で起きていて、ただ知らないだけで多くの人々が虐殺されているんですよね……それを思うとやりきれませんね。観るのは辛い映画でしたが、本当に素晴らしい映画です。バニラの死ぬまでに観ておきたい映画100に加えたいと思いました('◇')ゞ

www.youtube.com

アニメーション映画 ドラマ/ミステリー『神々の山嶺』「登ることだけによって生かされて来たからだ」

引用元:映画『神々の山嶺』公式サイト

 夢枕獏(ゆめまくら ばく)さん原作で、谷口ジローさんが漫画化した『神々の山嶺(いただき)』をフランスのパトリック・アンベール監督がアニメーション映画化したのが本作です。いや~まさかフランスの監督がアニメーション映画を作ってくれるとは驚きですね( ̄▽ ̄)

 名作と呼ばれる作品は世界共通のテーマを含んでいるもので、アニメーション映画にしたい気持ちよくわかりますよ。「人は何のために山に登るのか?」という問題は冒険家・登山家だけではなく、「人はどうして生きるのか?」という普遍的テーマに繋がりますからね。

 

 本作を観れば、実存的な問題の一つの到達点に気付けるかもしれません。と、そんな堅苦しいこというと、身構えてしまった人もいるでしょう(^▽^;) でも安心してください、物語として最高に面白いですから。

 

 どんな話かというと、登山家のジョージ・マロリーはエベレスト登頂に成功していたのか? という謎を巡って、山岳カメラマンの深町誠(ふかまち まこと)がひょんなことからマロリーの物と思われるカメラと巡り合います。

 

 ですが、マロリーのカメラは何故か消息不明となっていた天才クライマー羽生丈二(はぶ じょうじ)が奪っていってしまいました。深町は羽生の身辺を当たり、やっと羽生を見つけたかと思うと、共にエベレスト登頂に挑むことになるという物語です。

 

 エベレストと言えば世界最高峰の山で標高8000メートル強あるらしいです。標高500メートルでも「そんな、あの山は500メートルだぞ……!」と思うのに、8000メートルの高さなんてどんなリアクションすればいいか想像もつきませんよね(^▽^;)

 

 近年では道具の機能・軽量化、ルートの確立、登山方法の蓄積、天気予報精度の向上などでエベレスト登頂成功率は高くなっているといいますが、それでも死者が一定数は出ているのが現状らしいです。

 

 しかも『神々の山嶺』の時代設定は恐らく1990~2000年代くらいなので、なお難易度は高いです。しかも、羽生は単独登頂に挑戦するので、もう自殺行為ですね(^▽^;) 羽生は今までにも何度も命の危険に遭ってきて、奇跡的に生き残って来た人でした。

 

 何度も命の危険にさらされているのに登ることをやめられないのです……(/_;) いったい何が彼を突き動かすのか? どれだけ理論的に説明されても理解できる人はいないでしょう。そうです、そのテーマは登山だけに言える話しではなく、世の中の様々な問題に言えることです。

 

 例えばダイビングとか、今パッと思い出しましたが、命綱なしで超高層ビルの上でパフォーマンスをして、誤って転落してしまったYouTuberの人がいましたが、その人も『神々の山嶺』の羽生と同じで、命の危険を冒してもどうして挑戦し続けたのか?

 

 恐らく命をかけてでもやり遂げたい、その世界を見ている人でなければわからないことが沢山あるのだと思います。バニラは、人生をかけてでもやり遂げたいことがあるというのは、とっても幸せなことだと思うのですよ。

 

 中島敦の小説(『山月記』だったかな?)に「人生は何事もなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い」という一文があります。「正にそうだな~」と思わされますよね( ̄▽ ̄)

 

 中島敦は享年33歳でこの世を去ったそうで、彼が最期に遺した言葉が「書きたい、書きたい」「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまひたい」と涙を溜めながらいったそうです(´-ω-`) 

 

 中島敦は33歳と最大多数の人々よりは短い生涯でしたが、実存的な意味を見つけて充実した生涯を送れたと思うんです。多くの人は、実存の意味もわからぬまま死んで逝くんですからね。バニラだって何事もなさぬまま、何事もなせぬまま、実存の意味もわからぬまま無為に死んで逝くでしょうし……。

 

 かと言って、チキンなバニラは「エベレスト登頂してやるぞ!」「命綱なしで高層ビルの上で懸垂してやるぞ!」「フリーダイビングで世界記録を出すぞ!」「誰かの命を救うぞ!」「世界を救うぞ!」「海賊王になるぞ!」「火影になるぞ!」などなせないことを知っています(^▽^;)

 

 実存の意味を悟った人は幸せだと思うのです。羽生の人生も大変なことは色々あったようですが、本人がいうように後悔はない人生だったのだと思います。羽生の遺言を引用↓

『これを読んでいるなら、俺は戻っていない。カメラはおまえのものだ。マロリーに関する真相を知り、記事が書けるかもしれない。だが、マロリーが登った理由や、俺が登る理由は、きっと見つからない。ここに来てわかったはずだ。おまえを突き動かしたものが俺を登らせた。それは俺にもわからないが、わからなくても生きることはできる。生きる意味を探す必要など俺にはない。登ることだけによって生かされて来たからだ。俺は最期まで登り続ける。後悔はない』

 

 そこでエベレスト単独登頂に成功し力尽きた羽生の映像が映し出されるのです……。もう、泣きました(T_T) 羽生が言っている通り、彼は生きる意味を探す必要など登山と出会ってからなかったのです。羽生にとって登ることが生きることだったからです。

 

 世間がどういおうと、羽生は幸せだったとバニラは思うのです。そんな、普遍のテーマはフランスのアニメーション監督の心も射止め、アニメーション映画にしてくれたのでした。また日本の作画と違って写実的な趣があって、本作の世界観によくあっていると思いました('◇')ゞ

www.youtube.com

アニメ SF/ドラマ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』「逃げたら一つ、進めば二つ」

引用元:プレミアムバンダイ

『A.S.122――数多の企業が宇宙へ進出し、巨大な経済圏を構築する時代。

モビルスーツ産業最大手「ベネリットグループ」が運営する「アスティカシア高等専門学園」に辺境の地・水星から一人の少女が編入してきた。

名はスレッタ・マーキュリー。無垢なる胸に鮮紅の光を灯し、少女は一歩ずつ、新たな世界を歩んでいく。』

 

機動戦士ガンダム』シリーズ、初の女性主人公です。言われてみれば、歴代ガンダムの主人公は皆男性ですね(。´・ω・)? 『∀ガンダム』の主人公は女性に見えなくないですが、彼も男性ですし、これだけシリーズが続いていて女性主人公がいないとなると故意的ですよね。

 

 そんな女性主人公スレッタ・マーキュリーパイロット養成学校の「アスティカシア高等専門学園」に入学して始まる学園物かと思いきや、企業同士の利権争いや、財閥同士の婚姻問題、スペーシアン(宇宙移住者)とアーシアン(地球居住者)などの初代ガンダムでいうスペースノイド(宇宙移住者)とアースノイド(地球居住者)の問題なども絡んで、常に戦争の火種がくすぶっている展開はガンダムらしいです(*´▽`*)

 

 水星からの編入生スレッタはアスティカシア高等専門学園に到着する間際、まるで『星を継ぐもの』の描写を彷彿とさせられる宇宙服で宇宙を浮遊しているミオリネ・レンブランというアスティカシア高等専門学園の生徒を救助します。

 

 が、実はミオリネさんは逃亡計画の真っただ中で、スレッタが助けたことで逃亡計画は失敗してしまったんですよ(^▽^;) ミオリネさんは怒り心頭で「責任取ってよね!」とスレッタに迫ります。それがスレッタとミオリネさんの出会いでした。

 

 まるで、ラブコメの一話のような展開ではないですか? でも、女性と女性ですよ。そんな出会いから入学早々、ミオリネさんの花婿(予定)のグエル・ジェダークとひと悶着あり、スレッタとグエルくんはミオリネさんをかけて決闘することになるんですね。

 

 もちろん、拳や銃剣などを使った時代遅れの決闘ではなく、パイロット養成学校ならではのモビルスーツを使った決闘です。学校の誰もがグエルくんが勝つと思っていました。それもそのはず、グエルくんは学園最強のパイロットであるホルダーだったからです。

 

 ですが蓋を開けてみれば、グエルくんはなす術もなくスレッタに瞬殺されてしまったのです! 煽るだけ煽ってあっさり負け、スレッタの凄さを学園の生徒だけではなく、視聴者にも知らしめたグエルのかませ犬の仕事はアッパレでした( ̄▽ ̄)

 

 一応グエルくんの保身のために言っておきますが、グエルくんが弱かったわけでは当然ありませんよ。相手が悪かっただけです。スレッタの機体は身体拡張技術「GUNDフォーマット」を搭載したGUND‐ARM(通称ガンダムガンダムエアリアルだったからです(゚Д゚;)

 

 それに比べてグエルくんの機体はザクです。ガンダムエアリアルは「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」なんで、他のモビルスーツとの性能が桁違いなんですね。では、どうしてグエルくんもGUNDフォーマットを搭載したGUND‐ARM・ガンダムに乗っていないのか? 

 

 それが本作の肝になるところで、GUNDフォーマットは使用者に多大な負荷をかけるため、使用者を死に至らしめることが判明し、生産中止になりました。では、そんな危険なガンダムを何故スレッタが乗っているのかという話になりますね。

 

 実は、スレッタの母親はGUND‐ARM製造関係者だからです。そのような経緯でスレッタはガンダムに乗る機会があったわけですが、今のところどうしてガンダムに乗ってもスレッタだけが大丈夫なのかは謎のままです(。´・ω・)?

 

 そんなこんな一方的な暴力でグエルくんに勝利したスレッタは、契約通りミオリネさんの花婿になるんですね。そうです。この発想はすごい。ガンダム×百合です! バニラの分析ですが、今まで女性主人公が現れなかったのは、ガンダムの主な視聴者層が男性だったからだと思うんです。

 

 ガンダム主人公を男性にすることでヒロインとの恋愛要素を盛り込むことができ、男性視聴者にカタルシスを与えることができたのではないでしょうか。でも、女性主人公にしてしまったら恋愛対象が男性になってしまうので、男性視聴者が多いガンダムでは受けが悪かったでしょう。

 

 例えるなら男性が乙女ゲームをするようなもんですね(^▽^;) まあ別に問題はありませんが、拒否反応を起こす男性もいると思います。だけど、本作『機動戦士ガンダム 水星の魔女』は主人公が女性ですが、百合にすることで男性視聴者のニーズにもしっかり答えている。

 

 近年では百合も一ジャンルとして確立されていますが、ジェンダー格差が今よりもあった昔だと公に百合をしてしまうことは憚られたと思います。これも百合を受け入れる土台ができていたから作れるようになった作品だと思いますね( ̄▽ ̄)

 

 あと、現代的なキャラデザも馴染むまでは違和感がありましたが、慣れてしまうとみんなとってもいいキャラデザだと思います。新しいガンダムというのをコンセプトにしているらしく、キャラデザは新参加のモグモという人を始めとする4人でデザインしているらしいですね。

 

 スレッタの姿や挙動がタヌキっぽいというのがSNS上で広がったみたいで、スレッタをタヌキにしたイラストや二次創作の漫画がpixivなどに沢山公開されていて、それを見て楽しんでいました。色々と衝撃的な第12話を終えて、第2期が4月から始まるらしいので楽しみに待ちたいと思います('◇')ゞ

www.youtube.com

 

アニメ アクション/ドラマ『チェンソーマン』「俺は俺の事を好きな人が好きだ」

引用元:Nアニメ‐ニコニコ動画

 最初『チェンソーマン』を知ったとき、「なぜにチェーンソー(。´・ω・)?」と発想の奇抜さに驚かされました。主人公のデンジという少年が、ポチタ

引用元:『チェンソーマン』公式サイト


という、ギロンのような悪魔から心臓をもらったことで、チェンソーマンに変身し悪魔たちと戦うバトルアクション漫画です。Wikipediaの情報によると、どうしてチェーンソーなのかという問いに、作者の藤本タツキさんが『悪魔のいけにえ』から最も影響を受けたからと語っているそうですね。

 

 確かにチェーンソーは欧米のB級スプラッター映画ではよく登場しそうなイメージです(^▽^;) 『悪魔のいけにえ』以外にも恐らくですが永井豪さんの『デビルマン』からも少なからず影響を受けているのではないでしょうか。

 

デビルマン』の主人公は悪魔の体に人間の心を宿していましたが、『チェンソーマン』のデンジは悪魔の体に悪魔の心を宿している、悪魔より悪魔らしい性格してるんですね( ̄▽ ̄) 

 

 悪魔より悪魔らしい様を象徴する代表的なエピソードに、第6~7話で登場する永遠の悪魔の討伐方法が挙げられます。永遠の悪魔は対象者を脱出不可能な亜空間領域に閉じ込めることができる悪魔です。

 

 閉じ込められたが最後、いかなる方法をもってしても内部からは永遠の悪魔を倒すことができません。けれど、デンジは悪魔よりも悪魔らしいとんでもない方法で永遠の悪魔を自滅に追い込んでしまうのです(^▽^;)

 

「だったらよお~。アイツが死にたくなるまで痛めつけて、自殺させりゃいい!」といって、デンジは永遠の悪魔が降参するまで、チェーンソーで何日も切り刻みまくるんですよ(゚Д゚;)

 

 デンジはどれだけダメージを受けていても血を飲めば回復するので、永遠の悪魔を切ったときに出る血を飲んで、「永久機関が完成しちまったなァァ~!! これでノーベル賞は俺んモンだぜ~!!」と何日も休まず切り続けることができたわけです。

 

 どうです? 理屈はわかっていても、普通できることじゃありませんよね(^▽^;) どうしてデンジに悪魔のような人格が形成されたのか? 生まれ持った資質もあるでしょうけど、デンジは亡くなった父親が作った借金を返済するために、ヤクザの雑用を押し付けられていたんですよ……。

 

 そんな環境下で育ったことで最大多数の倫理道徳からズレた人格が形成され、ポチタと契約し悪魔になったことで、悪魔より悪魔らしい人格が奇跡的に出来上がったのではないでしょうか( ̄▽ ̄)

 

 デンジの置かれた状況を踏まえたうえで山田玲司さんが完璧な1話だと評した導入部がすごいんです。「木ィ切って、月収6万だろ~。この間売った腎臓が……120万。右目が……30万。金玉片方売って……いくらで売れたっけ? 残りの借金がぁ……3804万円」ですよ……(T_T)

 

 なに、その始まり方……。これあの友情・努力・勝利を謳っているジャンプの作品ですか……! 百歩譲って読者層がジャンプより高いマガジンでしょ。こんな夢も希望もない始まり方がありますか? 

 

『ワンピース』や『ナルト』の主人公の境遇ですら、もう少し夢や希望がありましたよ……( ;∀;) デンジはチェンソーマンになったことで売った体も元通りになりますが、それまでは借金返済のために地獄を見てきたのです。

 

 金のためなら何だってします。靴だって平気で舐めます。そんな環境でヤクザにこき使われていたんです……。そんなある日、ヤクザが悪魔になり危機的状況に陥ったとき、デンジはポチタと契約してチェンソーマンに変身するのです。

 

 チェンソーマンに変身したデンジは今まで抑えていたフラストレーションを爆発させるように、理性もなく周りの悪魔たちをチェーンソーで切り刻み力尽きるのでした。

 

 その現場に到着した公安の悪魔専門の部署「公安対悪特異4課」のマキマという輪廻眼のような目をした女性が目覚めたデンジに「キミの選択肢は二つ、悪魔として私に殺されるか。人として私に飼われるか」と契約を持ち掛けるんですね。

 

 どっちにしても地獄? 飼い主がヤクザよりもヤバい人に代わるだけ( ;∀;) デンジはパンにジャムやバターを塗って食べられるという理由でマキマに飼われることを決めるのです。

 

 確かに衣食住の心配はなくなりましたが……恐らくヤクザ時代よりもヤバい仕事を押し付けられています(^▽^;) それから、デンジは様々な悪魔を倒し、それらの悪魔から採取される銃の悪魔の肉片を集め、銃の悪魔という強大な悪魔を倒すことになるのです。

 

『ワンピース』のルフィや『ナルト』のナルトが能動的に夢を追求するのに対して、『チェンソーマン』のデンジはマキマさんの為、マキマさんが命令するからという受動的な理由で行動します。

 

「海賊王になる」や「火影になる」という大きな夢を掲げるのではなく、デンジは地獄を経験してきたからこそ、「普通に生きられるのが一番幸せ」という悟りの境地に達しているんですね(*´▽`*) これも夢を語ることが難しくなってきた時代の変化が関係しているのか? 

 

 夢や希望を語っていたあのジャンプも、時代の変化でそろそろ変わり始めているのかも知れませんね(^▽^;) 毎度のことながら、面白い時代背景的考察を『山田玲司ヤングサンデー』というYouTubeのチャンネルで山田玲司さんが語っているのでご興味があったらご覧ください↓

www.youtube.com

www.youtube.com

アニメ 日常/コメディー『モブサイコ100Ⅲ』「正当防衛ラッシュ!(説明しよう。厳密に正当防衛と言えるかわからない際にとりあえず正当防衛と叫んでおく霊幻の必殺技である)」

引用元:チバテレ

ワンパンマン』の原作を手掛けた漫画家のONEさんによる『モブサイコ100』の最終章。いや~、当初はこの斬新な絵柄に衝撃を受けた一人です。近年のアニメを観てから、モブサイコを見ると始めは違和感がありましたが、この絵柄じゃなければ『モブサイコ100』は成立しなかったと思います(*´▽`*)

 

 圧倒的画力がなくても、漫画として表現でき面白ければ、ヒットを飛ばすこともできるのです(絵が下手だといっているわけではないことをご理解ください(^▽^;))。ONEさんの描くキャラクターは現代的と言いますか、どこか悟っている感じがするんですよね。

 

 近年の作品には、「普通に生活できることが幸せじゃない」と、いわゆるさとり世代的価値観の登場人物が多い気がします。本作の主人公影山茂夫(かげやま しげお)くん、通称モブくんは世界を滅ぼすことができるほどの超能力を持っていますが、日常の些細なことで悩んだり、好きな子に好かれようと努力したり、ただモブくんの願いは普通に暮らすことなんですね。

 

 でも、そのような超能力を持っていたら、超能力を利用したいと思う大人たちも当然現れ……そんな悪い大人の代表例である、霊幻新隆(れいげん あらたか)はモブくんに除霊のアルバイトをさせて、詐欺まがいな「霊とか相談所」という事務所を構えています( ̄▽ ̄)

 

 周囲には霊能力があるといっていますが、実際のところ超能力どころか霊感すらなく、そのためにモブくんを利用しています(^▽^;) 初めはインチキ詐欺師だと思っていたんですが、いや詐欺師なんですが、悪い人ではないんですよ。

 

 モブくんの一番の理解者で様々な面で助けてくれるところとか惚れます(●´ω`●) そりゃあ、どうあれ詐欺まがいなことしてる悪い人ではあるんですが、一括りに悪い人と言えない良い所もある深みのあるキャラクターです。

 

 最終回で霊幻さんは自分が霊能力者だと嘘をついていたことをモブくんに謝るのですが、これ以上ない完璧な最終回だと思いましたよ。大体『モブサイコ100』はこの霊幻さんの除霊依頼と、モブくんの友達や、モブくん本人の些細な悩みを通して展開されます( ̄▽ ̄) 

 

 ときにはドラゴンボールもビックリの戦闘描写もあり、第2期のラスボス戦で誕生した超巨大なブロッコリーを崇めるサイコヘルメット教との戦いと、日常回を挟み、最後はモブサイコ史上最強の人物との戦いが描かれていました。

 

モブサイコ100』や『ワンパンマン』の誕生秘話と時代背景的考察を『山田玲司ヤングサンデー』というYouTubeのチャンネルで山田玲司さんとONEさんご自身の対談で語られているので、興味があったらご覧ください↓

www.youtube.com

www.youtube.com

アニメ コメディー/ドラマ『SPY×FAMILY 第2期』「ラケットを前へ。でないと……死ぬ!」

引用元:テレビ東京

 爆発テロ事件篇にて新たな家族、未来予知犬のボンドを迎えて偽りの家族は少しずつ本当の家族に近づいて行く! いや~凄い家族っすね( ̄▽ ̄) 父は凄腕スパイ、母は最強の殺し屋、娘はエスパー、犬は未来予知犬ですよ。どんな『インクレディブル・ファミリー』やっちゅうねん(^▽^;)

 

 ボンドに加え、第2期からは新たな登場人物も増えて、オペレーション〈梟 ストリクス〉のターゲットであるデズモンド総裁にファーストコンタクトを取ったところで終わりました。

 

 デズモンド総裁、不気味なキャラでしたね(^▽^;) ああいう目を「爬虫類の目」と形容するんでしょうね。デズモンド総裁の目を見ていると『ファンタスティック・プラネット』のオム族を連想してしまってちょっと怖いです。

 

 でも安心してください、デズモンド総裁は怖いですが物語はハートフル・コメディーなので気軽に観れますから(*´▽`*) 第2期で特に印象に残ったのは、22話の『地下テニス大会 キャンベルトン』ですかね。

 

 どんな話か簡単に説明すると、『テニスの王子様』的なテニスと呼んでいいのか怪しいテニスの話です。ロイドとスパイ仲間のフィオナが絵画に隠された暗号を手に入れるために地下テニス大会に参加するんですが、それがもうツッコミどころ満載で面白いの何の( *´艸`)

 

 全盛期より強くなった元プロテニスプレイヤーが参加していたり、ドーピングで身体強化した選手がいたり、様々な方法で妨害して来る選手がいたりして、ようは何でもありの地下試合なんですが、ロイドとフィオナの人間を辞めてる圧倒的プレイはもう圧巻でしたよ( ̄▽ ̄)

 

 その他には、第24話のヨルさんの嫉妬の回も良かったです。初めはスパイのロイドと殺し屋のヨルさんは、自分たちの利益の為に偽りの家族を演じていたんですが、ヨルさんはフィオナという恋敵が現れたことで、少しずつこの関係を壊したくないと思い始めるところとか、王道ですが良いですよね( ̄▽ ̄)

 

 だけどヨルさんはいわゆるド天然の鈍感なので、自分がロイドに抱き始めている気持ちに気付いていないところとかキュンキュンします(n*´ω`*n) あ、あと、デズモンド総裁の息子のダミアンとアーニャの関係も良い。

 

 と、一話一話語っていたら大変ですわ(*´▽`*) ロイド視点の話、ヨルさん視点の話、アーニャ視点の話と様々なオムニバス形式の話がまとまっていて、様々なジャンルを含んでいるので一括りにできないです――。

www.youtube.com