ゆる文

ゆる~くアニメだとか、映画の感想文

映画 歴史/ドラマ 『それでも夜は明ける』「私たちは、決して刹那主義ではないけれども」

引用元:Filmarks

 人間の残酷性が赤裸々にえぐり出されます(;´・ω・) 人間はここまで残酷になれるのか……。怖い、バニラはバニラが怖い;つД`) とまあ、こんなこと言ったら、厨二だなんだと言われてしまう現代ですが、実際人間には残酷性がデフォルトで備わっていることは否定してはいけません……。人間の歴史は争いの歴史であり、奴隷制や差別などは現在でもあることなのですから。

 

 現代でも人種差別が行われていますし……人間から差別をなくすことはできないのです(>_<) 差別には『悪意ある差別』と『無意識の差別』の二種類があるとバニラは考えています。悪意ある差別をするつもりはなくても、人間知らなければ誰でも無意識の差別はしてしまうのです。あなたもバニラも無意識のうちに差別してますよ(・ω・) 

 

 時代や環境によって誰でも差別主義者になるし、ヒトラーのような独裁者にだってなるのです。色々やらせ疑惑はあるものの、スタンフォード監獄実験という実験が人間の凡庸な悪を浮き彫りにしているので、気になった方は調べてください。「自分はならないね」と思っているあなた(≧◇≦) あえて言おう「なる」と! 人間は誰だって邪悪を内に秘めているのですから。そのことを認めなければならないのです。

 

 だから、悪意ある差別は人間の悪意から起こることなのでなくすことはできませんが、無意識の差別は学ぶことでなくすことができるのですよ('ω')ノ この『それでも夜は明ける』は、そんな無意識による差別をなくすためにも、観なければいけない映画の一つだと思います。しかもフィクションではなく、ソロモン・ノーサップという方が実際に体験した事実を『12イヤーズ ア スレーブ』という本にまとめたノンフィクションなのです!。

 

 現実はこの映画で表面だけ描かれるものより、数百倍も残酷極まりなかったと考えるべきでしょう。ソロモン・ノーサップは解放奴隷の父と自由有色人種の母の間に生まれた自由黒人という地位の人で、プロのヴァイオリニストをしていました。そんな彼は音楽ツアーに誘われ、ワシントンD.Cに向かったのですが、当時のワシントンD.Cでは奴隷制度が合法だったらしく、そのワシントンD.Cで薬を飲まされ誘拐されてしまったのです(>_<) 

 

 その後、船に乗せられニューオリンズに連れていかれ、アボイルズ郡を中心にしてルイジアナ州のレッド川流域のプランテーションで12年間の奴隷生活を強制させられました。12年間を二時間程度の映画にまとめているので、描き切れなかった残酷な現実も数えきれないほどあったでしょうが、その二時間だけですでに地獄でした(;´・ω・) 奴隷制という大義名分を得るとここまで人間は残酷になれるのです。

 

 もしバニラがその時代のアメリカで白人として生まれていたら、こんな酷い差別をしていたと思うと自分が怖くなります……( ;∀;) いうことを聞かなければ、鞭で肉がズタズタに引き裂かれ、つま先が着くギリギリのところで首をくくられ何時間も放置され、食事を何日も抜かれ、無理難題を言い渡され、過酷な労働を強制され、気に入らなければ拷問の末殺したって罪にはならない。現実はもっともっともっと酷かったでしょう(ノД`)・゜・。

 

 そんな過酷な環境においてもソロモンは「それでも夜は明ける」と信じて12年を耐えるのですよ。中には耐えることができず自ら命を断った人も大勢いたでしょう。本作に登場するパッツィーという黒人女性がいるのですが、パッツィーはプランテーションのオーナーであるエドウィン・エップスから性的暴行や虐待を受けていて、彼女はソロモンに自分を殺してくれるように頼むシーンは印象的でした( ;∀;)

 

 芥川龍之介が『侏儒の言葉』や『或阿呆の一生』の中で「人生は地獄よりも地獄的である」という言葉を残していまが、本当に生きるってことは地獄的です……。地獄は死後の世界にあるのではなく、人生の中にあるものなのですよ(´・ω・`) 死ぬ以上に怖いこと嫌なことなんて人生の中にはいっぱいあるのです。人生が地獄の人からすれば、死ぬことは怖くなくて逆に救いなのですよね(´-ω-`)

 

 生と死を論じているこの手の映画を観ていると、パッツィーの考えを否定することなんてバニラにはできません……( ;∀;) またも文学作品の言葉を引用しますが、太宰治の『女生徒』という作品の中にこのような一文があったのですが、正にいつ明けるかわからない夜の苦しみが的確に文章にされていると思います。

 

私たちは、決して刹那主義ではなけれども、あんまり遠くの山を指さして、あそこまで行けば見はらしがいい、と、それは、きっとその通りで、みじんもうそのないことは、わかっているのだけれど、現在こんな烈しい腹痛を起しているのに、その腹痛に対しては、見て見ぬふりをして、ただ、さあさあ、もう少しのがまんだ、あの山の山頂まで行けば、しめたものだ、とただ、そのことばかり教えている。きっと、誰かが間違っている。わるいのは、あなただ。 太宰治『女生徒』引用

 

 この文章が表す通りですよね(´-ω-`) きっといつか夜は明けるでしょう。けれどいつ明けるかなんてわからない。いつ明けるかわからない夜を耐え忍ぶのはとてつもない苦しみで、その苦しみに耐えきれなくて自殺してしまった人たちは沢山いるのに、そんな人たちは見て見ぬふりして、「さあさあ、もう少しのがまんだ、あの山の山頂まで行けば、しめたものだ、とただ、そのことばかりを教えている」根性論を押し付けてる、悪いのは誰なんだって話です……( ;∀;) 

 

 もう少しの我慢だ、あの山の山頂まで行けばしめたものだと言ったって、苦しんでいる人は今まで我慢して烈しい腹痛を耐えてきたのです……。だから夜が明けるのを待てなかった人を否定できません(´-ω-`) そんな烈しい腹痛に耐えて、ソロモンは隙を見計らって書いた手紙が知人に届いて、何とか助け出されたのですが、パッツィーのその後はわかりません(´・ω・`) 

 

 もしかすると、ソロモンが助け出された腹いせに、殺されている可能性もありますし……。でも、ソロモンが助け出されたことで、ソロモンは黒人奴隷解放運動家として活動を始めるので、奴隷として苦しんでいる黒人奴隷たちの希望になったでしょう。「それでも夜は明ける」いつ明けるかわからない夜を耐えられるかが強さなのでしょうか(T_T)

www.youtube.com

www.youtube.com