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ゆる~くアニメだとか、映画の感想文

映画 ドラマ/ファンタジー『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』「人生は素晴らしい」

引用元:映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』ワーナーブラザーズ公式サイト

 文豪ストレイドッグスでいうところの『華麗なるギャツビー』の異能力者

フランシスコ・スコット・フィッツジェラルド

引用元:アニメ『文豪ストレイドッグス


の短編小説『ベンジャミン・バトン』を原作に、脚本家のエリック・ロスロビン・スウィコードが脚本を執筆。『セブン』などの映画で知られる、デヴィッド・フィンチャーさんが監督を務めて制作されたのが『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』です。

 

『数奇な人生』のサブタイトル通り、80歳の老体として産まれ、歳を重ねるごとに若返っていく人生は、本当に数奇過ぎますね。そんな世にも奇妙な設定を思いついたフィッツジェラルドの発想力が凄いです( ̄▽ ̄)

 

 確かに、人生の晩年と産まれたばかりの早年は似ていると思います。産まれたときは何もできず無垢な状態で、人生の晩年も認知症などになって早年のような状況になる人もいますからね。

 

 物語は2005年の病室で、年老いた婦人デイジーが死をまじかに見据え、娘のキャロラインに『ベンジャミン・バトン』の日記手帳を読み聞かせてくれるように頼むところから始まります。

 

 キャロラインはいぶかしく思いながらも日記を読み始めます。その日記には、ベンジャミン・バトンという人物の数奇な人生が書かれていました。時は2005年から、1918年の第一次世界大戦が終わった日の夜、ニューオリンズに遡り、運命のいたずらでベンジャミン・バトンは80歳の老体で誕生しました。

 

 ベンジャミンの母親は、父親であるトーマス・バトンに子供を頼むと言い残し死去しました。トーマスが我が子を見ると、その老人のような姿に何を思ったか、ベンジャミンを抱きかかえ夜の街を駆けまわり、老人ホームの玄関に捨ててしまうのです(-_-;)

 

 

 母親は産まれてすぐ亡くなり、父親には捨てられ、数奇な運命を背負わされ、踏んだり蹴ったりなベンジャミンですが、神は見捨ててはいませんでした。老人ホームの経営者であった妻クイニーと夫ティジー夫妻は子供が産めない体で、ベンジャミンを我が子のように育てることに決めるのです。

 

 まさに、「捨てる神あれば拾う神あり」ですね。クイニーたちは弱り切った奇妙な子供を医者に見せると、「少ししか生きられない」という診断を聞きます。クイニーたちもいつ別れが来ても悔いのないように、我が子のように愛情をもって育てたでしょう。

 

 ですが、医者の診断とは裏腹にベンジャミンは、年老いた体のままみるみる成長し、車椅子で動き回り、更には弱るどころか年々元気になっていくではありませんか! 心信深いクイニーは、これも神父様のおかげだと思います。

引用元:映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 そして元気になっていくにつれて、ベンジャミンは普通の子供と違うことを嘆くのです。そんなベンジャミンの心の支えになったのは、施設の入居者であったおばあさんの孫娘にして、2005年の病室で娘キャロラインに日記を読み聞かせてくれと頼むデイジーでした。

引用元:映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 デイジーはベンジャミンを自分と同じくらいの子供であることを何故か見抜いていて、二人は意気投合し友達になります。ですがベンジャミンの姿は老人……デイジーのおばあさんからはデイジーと遊ぶことをあまりよく思われていませんでした。

 

 時は流れ1936年、年々若返っていくベンジャミンは、

引用元:映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生

17歳も終わりに差し掛かったある日、施設を出ることを決めるのです。当然デイジーは悲しみますが、旅先からハガキを送ることを誓い、二人は別れます。まるで『フォレスト・ガンプ』のようですね( ̄▽ ̄)

 

 その後、ベンジャミンは船に雇われ漁師として働き、様々なことを知っていきます。売春宿に行ったり、人妻と恋に落ち別れを経験したり、太平洋戦争に参加したりと濃い青春を謳歌するんですね。

 

 1945年、太平洋戦争が終わると、ベンジャミンはニューオリンズに帰省し、久々に母クイニーとデイジーに再会します。ですがデイジーはニューヨークでバレエダンサーとして活躍し、洗礼され過ぎて昔とのギャップに戸惑いを感じ、二人はすれ違い気味になってしまいます(´・ω・`)

 

 そんなとき、ベンジャミンの耳にデイジーが事故に遭い、脚の骨を複雑骨折したというニュースが入ります……。もうバレエダンサーの夢は絶たれてしまい、デイジーは悲観に暮れます。が、ある日、吹っ切れたようにデイジーニューオリンズに帰ってきて、その後二人は結婚。甘い新婚生活を送ることになるのでした。

引用元:映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 80歳の老人として産まれたベンジャミンと、普通に産まれたデイジーの年齢は四十代ほどで重なり合い最も幸せな時代でした。ですが、数奇な運命を背負ったベンジャミンは、普通に歳を重ね老いるのではなく、若返っていきます……( ;∀;)

 

 二人の間に娘キャロラインが産まれますが、共に年老いることのできないベンジャミンは二人の元から去ることを決めるのでした。それからのベンジャミンの行方はたまに送られてくるハガキと遺された日記でしか知ることはできません。

 

 そのころベンジャミンは世界中を旅して見聞を広げていたようです。そして、数十年の時が流れ、デイジーの元にベンジャミンという子供を保護しているという連絡が入るのでした。

 

 ベンジャミンは認知症を発症しており、何も覚えていない状態。デイジーがベンジャミンと初めて会ったときとは真逆の状態です。デイジーはベンジャミンを引き取り、一緒にホームに入居し、晩年は二人だけの静かな時間を送ることができたのでした(T_T)

 

 キャロラインが日記を読み終えると、デイジーも役目を終えたように息を引き取るのでした――。本当に不思議な話ですよね。色々とツッコミどころ満載ではありますが、面白い話でした( ̄▽ ̄)

 

 一つ言うとすれば3時間近くある大作で「人生は素晴らしい」とキャッチコピーで謳っている割には哲学が薄く、『フォレスト・ガンプ』のような余韻は残らなかった印象です(^▽^;) 

 

 まあ、『フォレスト・ガンプ』は一生ではなく半生なので、時間的にも余裕があるにはあるんですが、一人の人間の一生を2~3時間の映画にまとめることの難しさですよね……。

 

 ベンジャミンの数奇な人生をもって本当に「人生は素晴らしい」と肯定できるのかちょっと疑問です。確かに幸せな時代もありましたが、ベンジャミンにとって辛い時代の方が長かったわけですよ……。

 

 幸福主義あるいは快楽主義的に人生を観るなら、ベンジャミンの一生は最大多数において「人生は素晴らしい」と肯定することはできないでしょう(。´・ω・)? と、キャッチコピーにひねくれた意見を述べただけで、特殊メイクや美術、視覚効果などアカデミー賞を受賞しているだけあって見ごたえありますし、普通に良い映画でしたよ('◇')ゞ

 

PS:以前『ぼくは明日、昨日のきみとデートする(以下:「ぼく明日と表記」)』という七月隆文(ななつき たかふみ)さん原作の映画を観たことがあるのですが、七月さんは『ベンジャミン・バトン』からインスパイアされ『ぼく明日』を書かれたんでしょうね。

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