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映画 戦争/歴史/ドラマ『シンドラーのリスト』「これは善のリストです。このリストは命だ」

引用元:Amazon

 ナチスホロコーストから1100人以上ものユダヤ人を救い出した、実在の人物オスカー・シンドラーの伝記をスティーヴン・スピルバーグ監督が映画化した『シンドラーのリスト』 

引用元:映画『シンドラーのリスト

 第66回アカデミー賞で12部門にノミネートされたそうです。スピルバーグ監督は優れた娯楽映画を作る監督としては評価されていましたが、重いテーマを扱った作品で成功したのは本作が初だったようですね。

 

 この映画の成功で、スタンリー・キューブリック監督は自身が企画していたホロコーストを扱った映画の制作を諦めたという話がWikipediaに書かれていました。確かに歴史・戦争映画で(比べるものではないと思いますが)素人が観てもこの映画を越えられる作品は、そう多くないと思わされる完成度でした( ̄▽ ̄)

 

 この映画を語る前に、ユダヤ人について予備知識を持っていただきたいと思います。バニラも詳しく知っているわけではありませんが、ユダヤ人はヘブライ人とも呼ばれ、アジアから欧州にかけて放浪していた国を持たない民族でした。

 

 ユダヤ人を知る上で避けて通れないのが聖典である『旧約聖書』の物語でしょう。旧約聖書天地創造から始まり、アダムとイブの楽園追放→カインとアベルの人類初の殺人→大洪水とノアの箱舟バベルの塔と神話時代の話があってから、ユダヤ教の開祖であり信仰の父と評されるアブラハムイサクヤコブヨセフなどの族長の活躍が続きます。

 

 その後、エジプトに囚われていたヘブライ人をモーゼ(モーセ)が海を割って連れ出し、長い長い放浪生活の後、約束の地カナンに到着してイスラム王国を建国。羊飼いから身を起こしたダビデの治世によりエルサレムは栄ますが、ネブカドネザル王に征服され、バビロン捕囚の憂き目に遭い、バビロンに連行されておよそ50年ほどの捕囚生活を強いられます。

 

 その後、キュロス2世によって解放されパレスチナの地に戻ることを許されましたが、ローマ帝国の迫害に逢ったりしながら、ヘブライ人はユダヤ人と名前を変えて各地で栄えました。

 

 関係があるのかないのか定かではありませんが定住地を持たないため、ユダヤ人は生き残るため数字に強くならざるを得ず、商業や金融業で生計を立てている人も多かったとか。ユダヤ人が資金力を持つようになると、ナチスユダヤ人を迫害する以前から嫌われていた存在ではあったんですね(´-ω-`) 

 

 シェイクスピアの戯曲『ベニスの商人』に登場するシャイロックを擁護する声が今ではありますが、当時はシャイロックこそ欲汚いユダヤ人を皮肉った人物として非難されていたのです。ヒトラーユダヤ人を心の底から憎んでいたのではなく、ユダヤ人嫌いの国民感情をただ利用して人気を得たのかもしれませんね(^▽^;)

 

 もしそうなら、ホロコーストヒトラー一人のせいではなく、ユダヤ人嫌悪の感情を持っていた国民みんなに言えることです。と、前置きが長くなってしまいましたが、オスカー・シンドラーはドイツ人の実業家で、賃金が安いという理由でユダヤ人を雇い、朝鮮特需のように第二次世界大戦の戦争景気で莫大な富を築いた人物です。

 

 そんな折、ドイツの敗戦が色濃くなり、ナチスユダヤ人をアウシュビッツに送る計画を知ったシンドラーは、全財産を投じて救い出すユダヤ人のリストを右腕の会計士イザック・シュターンに作らせるんですね。

 

 シンドラーも最初から聖人君主として描かれてはいなくて、戦争に便乗して利益を得ようとする、どちらかというと利己的で利益至上主義の人物だったのですが、ホロコーストの現状を見るにつけ、シンドラーの良心を最も突き動かしたのは赤い服を着た女の子が、死体の山に捨てられる場面を目撃したことだったのでしょう(´-ω-`)

引用元:映画『シンドラーのリスト

 

 いつしか全財産を投げ売ってでもユダヤ人たちを助けようと決意するまでの過程が丁寧に描かれているんですよ(T_T) ナチスによるユダヤ人の虐殺が淡々と生々しく描かれていて、視聴中は終始眉間に皺を寄せっぱなしでした(-"-)

 

 史実だというのが信じられないんですよ本当に……。ユダヤの人々が次々に殺されて、ナチスの人々は殺しを楽しんでいるふうですらあります……。中でもSS将校のアーモン・ゲートという人物の残虐性を際立たせています。

 

 ゲートは館のバルコニーの上からただ道を歩いているだけのユダヤ人を撃ち殺したり、気に食わないという理由でためらいなくユダヤ人の頭を撃ち抜く人なんです(>_<)

引用元:映画『シンドラーのリスト

 だけど「ゲートだけが特別に残虐非道な人物と決めつけられない」というようなことを作中でシンドラーが語っています。人間には生来の残虐性が備わっていると、今までも語ってきましたが、誰でもアーモン・ゲートのような人物に成りえるんですよ(´-ω-`)

 

 以前に『ハンナ・アーレント』の映画を紹介しましたが、ハンナ・アーレントは「第二次世界大戦中に起きたユダヤ人迫害のような悪は、根源的・悪魔的ものではなく、思考や判断を停止し外的規範に盲従した人々によって行われた陳腐な悪を『凡庸な悪』と名付けました。

 

 日本人は特に集団主義を重んじる傾向が強いので、他人ごとではないんですよね。例えばユダヤ人大量虐殺のような大事件で考えなくても、もっと身近なことで考えてください。

 

 例えば、いじめ。いじめられている人を助けたら、自分もいじめられるから傍観者に徹する、あるいはいじめの加害者に加担するというのはよくあることです。ですが、その場合、いじめはいけないことだとわかっていても被害者を助けられるでしょうか? 

 

 恐らく多くの人は助けられないでしょう。それと同じで、間違っていることだとわかっていても、最大多数に反して自分が正しいと思う意思を貫ける強い人がどれほどいるでしょう。

 

 凡庸な悪はみんなの中に存在するのです。もしバニラが第二次世界大戦時のドイツの青年に生まれていたら、恐らくユダヤ人を殺していたと思うので、自分で自分が怖くなります(T_T) 

 

 そんな時代にシンドラーは生きていて、全財産を投じてでも自分が正しいと思う正義を貫いたシンドラーは本当に偉大だと思うのです。人一人の命を救うことがどれほど難しいか。

 

 シンドラーは戦争が終わり、ナチスに加担した戦犯者として追われる立場になり、自身が助けたユダヤの人たちに別れを告げ、ユダヤの人々からお礼の指輪をもらって、「もっと救い出せた」「その努力をしていれば」「もう少し――」と会計士イザック・シュターンに詫びるシーンが印象的なんです(;´∀`)

 

 シュターンは「オスカー、あなたはここの1100人を救ったんです」と慰めますが、オスカーは過去に自身が行って来た無駄遣いを泣いて後悔するのです。金があればもっと多くの人が救えたのに、何で昔の自分は無駄遣いをしていたのだろうと……。

引用元:映画『シンドラーのリスト

「車を売ってお金を作っていれば10人は救えたのに、バッジで2人は救えた、努力すればもっと救えたのに」と泣いて詫びるシーンは泣きました。ここ数年で一番泣きましたよ(T_T) 1100人以上もの人々を救っても、シンドラーの後悔がどれほどのものだったのか想像に難くないです……。

 

 現在でも戦争は世界中で起きていて、ただ知らないだけで多くの人々が虐殺されているんですよね……それを思うとやりきれませんね。観るのは辛い映画でしたが、本当に素晴らしい映画です。バニラの死ぬまでに観ておきたい映画100に加えたいと思いました('◇')ゞ

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